2009年12月11日

「執拗な繰り返しが生む必然性」感想:東野圭吾「手紙」


手紙 (文春文庫)

手紙 (文春文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 文庫




弟を大学に進学させたいがために、強盗殺人を犯した兄。刑務所に服役している兄からは一ヶ月に一回、手紙が届く・・・・。

この小説の中では、肉親に犯罪者を持つ主人公が社会から拒絶されていく様子が何度も何度も、繰り返されている。
それは、ちょっとしつこくすらあるけれども、ストーリーの必然性を担保するためにはどうしても必要な営為なのだ。

主人公は決して、品行方正な行動をとるわけじゃない。いや、むしろ、人を不快にさせるような行動を多くしている。

おそらく、この小説のプロットだけを読めば、たぶん、大方の人たちは主人公に反感を抱くだろうと思う。それは、われわれが新聞記事で殺人事件を読むとき、ある程度の距離をとっていることと似ている。

しかし、この小説を読んだとき、主人公の一種、卑劣とも思えるような行動の数々が、すんなり腑におちる感覚がある。
それは、しつこいほど社会から拒絶されてきた主人公の心理の傾きがわれわれ「普通の人間」にも納得いくだけの動機を指し示しているからだ。

「小説を読めばいろんな人間の心理を理解できるようになるから人生を豊かにする」みたいな一般論がある。僕は決して、その見解に与するっものじゃないけれど、たしかに、この小説は、そうした見解を負強するだけの力はある。たしかに、こういう状況におかれたら、自分だってこういう行動をとるだろうなってのが納得できたってことだ。

つーかさ、ラストシーンで泣いたわ。





posted by YenGood at 19:35 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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