2011年08月15日

人種差別をしているのは日本人ではない。韓国人のほうだ

高岡蒼甫がtwitterでフジテレビの韓流ゴリ押しを批判したことの余波はいまだに収まっていないらしい。

脳科学者・茂木健一郎、フジテレビ批判について「幼稚すぎる。韓流のどこが悪い」「8月8日、みんなフジテレビみろ!」
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1648505.html

海外に発信!?茂木健一郎『英語ツイート騒動』についてまとめた【フジテレビ問題】
http://matome.naver.jp/odai/2131287651645437901?keyword=%E8%8C%82%E6%9C%A8


茂木健一郎氏などは、これが韓国に対する人種差別問題であるととらえているようだ。

たしかに、アメリカドラマは一定の数が放映されている。
洋楽はあまり人気がないとはいっても、レディ・ガガなんかはよく売れている。
だが、アメリカ文化反対の声があがっているという話は聞かない。

それなのに、なぜ韓国文化だけに拒否反応を示すのか。
こうした表層的なところだけを見れば、たしかに、韓国に対する人種差別に見えなくもない。

だけど、僕は韓国文化にたいして拒否反応を示すのは、人種差別などではなく、極めて健全な精神によるものだと思う。

なぜ、ネット住民の多く(もちろん、僕もそうだけど)が韓国を嫌うのか?
それは、韓国が反日だからという、シンプルな理由によるものだ。

もちろん、韓国を嫌っている人間のなかには、単細胞なレイシストもいるだろう。
2ちゃんねるなんかで、頭の悪そうなレスしかできない連中だ。
それは否定しない。

だけど、その多くは、ネットなどを通じて、韓国の反日ぶりを知り、韓国を嫌いになった人間たちだと、僕は思う。

おそらく、2002年の日韓ワールドカップで、かの国の実情を知る機会が増えたことにより、韓国嫌いが増えた。
それ以前は、韓国という国は、特になんの感情を想起させることはなかったはずだ。

韓国がなぜ反日なのかと言えば、それは反日教育を行っているからだ。
そうした教育を受けた韓国人にとって、日本というのは未来永劫にわたって、韓国に謝罪しつづけなければいけない存在らしい。

韓国併合が悪であるかどうかというのは、判断に難しい問題ではあるけれど、とりあえず、ここでは悪であり、そして罪であるとしておこう。

しかし、その罪をある民族(つまり、日本人)が永遠に背負い続けなければならない、などいう認識はあきらかに間違っている。

というのも、それこそが人種差別の最たるものじゃないか。

たとえば、2000年前に、ユダヤ人はイエス・キリストを殺した。
もしも、ユダヤ民族がその罪を背負い続けなければならないのだとしたら、ユダヤ人はキリスト教徒に対して、常に謝罪しつづけなければならないのか?

一つの民族が、過去に犯した罪は永遠に消えることはない。
そして、その民族の一員として生まれた以上、その罪は背中にべったりとのりのようにつき、それを忘れたり、忘れたように振る舞うことは、許されない。

韓国人、そして日本の左翼はこのように考えているらしいが、それと同じことをユダヤ人にも言えるのか?
言ってみるがいい。
すぐさま、差別主義者のレッテルをはられることだろう。

要するに、韓国の行っている反日教育というものは、ナチスの反ユダヤ教育と同根のものである。

人種差別を行っているのは韓国人のほうではないのか?だから、日本人は韓国を嫌うのだろう。

もしも、将来、韓国と日本のあいだで戦争が起こったとき、韓国人は、なんのためらいもなく、日本人を大量抹殺することができるだろう。
良心の呵責もなく、いや、むしろ充実した正義感とともに、日本人を虐殺してしまうかもしれない。
別に僕は荒唐無稽なことを言っているわけじゃない。

たとえば、韓国では「ムクゲの花が咲きました」という小説がベストセラーになり映画化もされた。
この小説のなかでは、日本に核兵器を打ち込むという描写がある。
いくら、フィクションとはいえ、核兵器を使用して、そのことにカタルシスを感じるだなんて、まともな感性だとは思えない。

こんなふうに考えたとき、茂木健一郎氏の感性というものは、はなはだ浅はかであることがうきぼりになる。

彼は自国の人種差別的行為には敏感だが、他国の人種差別行為には見むきもしない。
ただ、自分が良心を持っているのだということを告白したいだけなのだ。
それは、まったくナイーブな感性だ。

posted by YenGood at 14:33 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

『僕は友達が少ない』の詐欺行為がひどい





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『僕は友達が少ない』というのは、アニメ化も決まっている人気ライトノベルである。

ためしに1巻を買ってみたら、思いのほか面白く、ついつい、最新刊である6巻まで買ってしまった。

このラノベの面白さっていうのは、ギャグ描写にある。
2ちゃんねるなどのネット文化に慣れ親しんだ人でないと、ちょっとギャグに乗りづらいかと思うが、僕はネット文化に慣れ親しんだ人に当たるので、かなり笑えた。

それから、妹である小鳩のかわいさがかなりのもの。人気ヒロインである星奈もなかなかかわいい。

つまり、キャラ萌えと、ギャグ描写で、このラノベの9割くらいはできあがっている。

ってことは、ストーリーには、あまり力が入っていないってことじゃないかと思われる方がいらっしゃるかもしれないが、そのとおり。
ストーリーはうんこみたいなもんだ。

ストーリーの主軸としては、主人公と夜空、星奈の二人のヒロインのあいだで繰り広げられる三角関係ってことになるだろうが、主人公がラノベ主人公的に鈍感なので、ぜんぜん話が展開しない。

しかし、うんこはうんこで別にいい。
この小説は長所は別のところにあるのだ。
決して、うんこ部分を売り物にしているわけではないのだから……、と言い切れないのが、このライトノベルの悩ましいところである。

週刊マンガによくあることだけど、その回の最後で、インパクトのある展開を持ってきて、読者の興味を来週まで持続させるってのがある。
たとえば、バクマンでは、その手法を使い過ぎたために、ストーリーやキャラ描写が徹底的に破壊された。
あの編集長はなんなんだ?
あんなに頭の悪い人間に、ジャンプのトップが務まるのだろうか?

この小説でも、その手法が使われている。
その巻ではストーリーはほとんど進展しないのだが、最後の最後で、ストーリーが進展しそうなエピソードを持ってきて、次巻への興味を持たせるのである。
これに、まんまと引っかかった結果、僕は6巻まで、買ってしまった。
あの編集長よりも頭の悪い行為である。相当に頭が悪い。

この小説の極悪なところは、その「ストーリーが進展しそう」な予感が、実際に次巻を読むと、まったく裏切られるってところである。

大きな波がきそうな予感だけはしっかりと示されるのに、次巻の冒頭で、あっさりとその波はスルーされ、また、だらだらとした日常にもどって行く。

たとえば、4巻の最後の展開はこんな感じだ。

主人公が父親と電話で話している。
父親は、(ヒロインである)星奈と主人公が結婚することになっていると、星奈の父親から聞いたと話す。
ここで、4巻は終了。

さて、星奈と結婚ってどういうことだ?と次巻へのストーリーへの期待はマックスになっているだろう。
あなたはマックスではないかもしれないけれど、僕はマックスだ。

それでは、5巻の冒頭ではどうなっているか?

主人公が父親と電話で話しているシーンの続き。
父:星奈の父親は電話してきたときに酔っていたから、わけのわからないことを話したのかもなあ。
主人公:きっと、そうだよ。

終わり。

え?!
酔ってたんだろうなあ、で終わり?そんなんだったら、なんでも言えるじゃねえか。
あなたは憤りを覚えるだろう。仮にあなたは憤らないにしろ、僕は憤った。

ついでなんで、5巻の最後にも触れておこう。

ヒロインの一人である夜空が実は主人公の幼なじみであることが、他の部員にばれた。
これは今まで、主人公と夜空だけの秘密だったのである。
さて、夜空の恋のライバルである星奈はどうするのだろうか?

次は6巻の展開。

星奈は、主人公と夜空が幼なじみであったことを知って驚くが、よくよく考えてみたら、そんなことはどうでもいいことに気づき、一件落着。

まあ、たしかにどうでもいいっていえば、どうでもいいわな。
だけど、そんなどうでもいいことを、5巻のラストで示して、興味を引くなよ。
それから、夜空と実は幼なじみっていう要素は、今までの展開でまったく生きてないってことも指摘しておこう。


ついでなんで、6巻の最後にも触れておこう。

ケイトというキャラ(どうでもいいようなモブキャラ)が主人公と恋仲になってもいいかなあと発言。
しかし、ケイトは「(あなたには)星奈さんがいるからしょうがないね」と意味深なことを言い残し、去っていく。
最後の文章は、こう締めくくられている。

『ケイトが最後に残した言葉の、その後半部分―――「星奈さんがいるからしょうがないね」の意味を俺が知るのは、それから間もなくのことだった。』

それ4巻のラストで示されてたよね?
2巻も使って、ぜんぜん音沙汰なしで、作者も書いたのを忘れてたのかと思ってたのに、いまさら持ってくるのかよ、それ。

この作者に言いたいことはただ一つ。
とっとと、決着つけろ。
そもそも、決着をつける気がないのなら、決着がつきそうな文章で次巻まで引っ張るのをやめろってことだ。

6巻のアマゾンレビューでも、批判的な意見が少し出てきている。

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posted by YenGood at 19:44 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月01日

フラクタルに比べたら、まだAngel Beatsのほうがマシだったなって話

表題のとおりなんだけど、フラクタルに比べたら、まだAngel Beatsのほうがはるかにマシだった。

Angel Beatsを見ているときは、稚拙なストーリーテリングや、醜悪としかいいようがない宗教観に、毎週、イライラしていたものだけれど、今、考えてみると、Angel Beatsを見てホントによかったと思っている。

というのも、Angel Beatsを視聴した体験というものは、僕にとって得難いものだったからだ。
不快なアニメであることはたしかだ。

だけど、たとえ、それが不快なものであったとしても、感情を強く揺さぶられたことにかわりはない。

たしかに、フラクタルのほうが、Angel Beatsよりも色々な面でよくできてはいる。
もちろん、比較すればマシだというだけで決して優秀だということじゃないけれど。
そして、ジブリやナディアのパクリで出来ているのだから、部分的に見ればまともに見えるってことでもあるが。

だけど、観終わってみて、フラクタルというアニメは僕の感情を揺さぶるところは何もなかった。
ヤマカンが嫌いだとか、東が嫌いだとか、その程度の感情すら刺激しなかったのである。

ただ、時間の無駄だったなぁと嘆息しただけだ。

麻枝准という人を僕はあまり評価してはいないのだけれど、それでもヤマカンに比べれば、はるかに、マシなクリエーターであることを今回の件で実感した。
タグ:フラクタル
posted by YenGood at 20:45 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月30日

ヤマカンは萌えアニメだけやってればいいのに

ヤマカン監督のフラクタルの放映が終了してだいぶたつ。
ネット上の評判、そしてDVDの売上げを見るかぎり、このアニメが失敗に終わったということは、誰の目にもあきらかなようだ。

死体にむちを打つようなものかもしれないけれど、ここで僕も少しだけこのアニメについて書いておこうと思う。

フラクタルが失敗した理由というものは、いくつもあげられるのだろうけど、僕はたった一つのことを指摘しておきたい。

フラクタル失敗の最も大きな要因は、SF冒険活劇というジャンルを選んだことじゃないかというものだ。

このアニメのなかで主人公(なんという名前だったか忘れてしまった)が感情を揺さぶられるシーンを思い返してみよう。
視聴者の記憶に残っているのは、主人公が女の子の裸を見てどぎまぎしているシーンとか、そんなのばっかじゃないかと思う。

つまり、女の子のかわいさっていうところでしか、主人公の感情が動いていない。少なくとも、僕の記憶にはそれしか残っていない。

本来、SF冒険活劇をするのであれば、もっと他に、主人公の感情の揺らぎを表現しなければいけないはずだ。
たとえば、このアニメには対立する二つの組織が出てくるのだけれど、その二つの思想で主人公が思い悩むところがあっただろうか?
あったかもしれないが、まったく覚えてない。

フラクタルのなかで、ヤマカンが表現したいことっていったいなんだったのだろう?
ただ、かわいい女の子が描きたいということだけしか伝わってきてない。

かわいい女の子を描きたい。
それ自体は別に非難されるべきことじゃない。そりゃ、そんなものは大した表現ではないかもしれないだろうけど、くだらないと切って捨てるものじゃないだろう。

しかし、フラクタルはSF冒険活劇という、広いジャンルを選んでしまったことによって、『かわいい女の子を描きたい』という創作欲が、しょぼく見えてしまうという効果を持ってしまっている。
あ、その程度のものしか表現したいものがないんだ、と見ている側に見透かされてしまっているのだ。

魔法少女モノという、本来だったら、お約束ごとの制約だらけのジャンルを意図的に反転させることで、ストーリーを転がしていったまどかマギカの頭の良さと比較すると、一層、そのしょぼさが際立つ。

ヤマカンという人は、結局、かわいい女の子を演出することにしか才能がないのだ。
だったら、萌えアニメを作ってればいいじゃないか。
なにも、広い海にわざわざ泳ぎだして、自分の底の浅さを披露することもあるまい。

posted by YenGood at 10:43 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月05日

俺妹がおもしろい!だけど、思わず舌打ちしたくなる。だって桐乃はオナニーしないだろうが

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今期アニメナンバーワンとも言われている『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』。

原作小説については、アニメ放映前に一巻だけ読んだ。
とてもおもしろかった。

容姿端麗、学業優秀、陸上部でも優秀な成績を収め、あげくはモデル業までこなす、という妹が実はオタク趣味をもっていて、その秘密に悩んでいる。
という筋書きだけとれば、まんま、乃木坂春香の秘密である。
いや、もうほとんどパクリと言ってもいいくらい、構造が似ている。

だけど、乃木坂よりも、俺妹のほうがはるかに面白いのである。
その面白さがなんなのかといえば、ディテールによるものだ。

乃木坂は、そもそもあまりオタク的ディテールがそうとうに甘い部分があって、この作者はオタクじゃないんじゃないかという思いが禁じ得なかった。

俺妹はそこらへんのディテール、たとえば、オタク的言葉遣いだとか、キャラ設定だとかが、秀逸だ。
一巻発売当時は、かーずSPなんかのニュースサイトの名前が出ていることでも話題になったけれど、そうした、ディテール、情報の詰め込みは乃木坂とは比べ物にならない。
だから、あなたがオタク的文化圏にいるのであれば、読んでいるとくすくす笑いが思わずこみあげるだろう。

シチュエーションコメディとしては、文句なく、よくできた小説であると断言できる。
しかし、小説を読んだときにどうしても感じずにはいられなかった疑問があって、それが、結局、続刊にまで手が伸びなかった理由である。

そして、アニメが放映され、それを視聴していると、やはり、小説を読んでいたときの疑問が再燃してしまったので、ここにそれを記しておく。

俺妹のシチュエーションコメディとしての面白さというのは、スクールカーストで最上位に位置しているはずの妹(桐乃)が、実はエロゲ、アニメ好きという『恥づべき』趣味を持っているというところにある。
つまり、そのギャップによるドタバタで笑いを生み出すという構造になっている。

それはいいのである。
しかし、主人公である兄が『オタクを差別するのはよくない』みたいな説教をするのである。
それが、まったく心に響かないし、見ていて薄ら寒いような印象すらうける。

たとえば、桐乃が親友であるあやせという女の子に、自分のエロ同人誌を見られてしまい、絶交されるというシーンがある。
あやせは『オタク趣味は性犯罪に繋がると、マスコミで言われていたから』という理由で、桐乃の趣味を糾弾する。
ちなみに、ここで出てくるエロ同人誌は、プリキュアのような幼児向けアニメのそれらしい。

それに対して、兄はそのマスコミ報道が根拠のないものであることを示し、あやせに桐乃のオタク趣味を認めさせるというシークエンスがあるんだけど、この薄ら寒さといったらない。

というのも、ここであやせによって問題とされているものは、作中でなにも問題ではないからだ。

そもそも、エロ同人誌を嬉々として見ている桐乃は女じゃないか。
ということは、桐乃はプリキュアのエロ同人誌でオナニーはしないのである(たぶん)。

しかし、現実のオタク、たとえば、プリキュアのエロ同人誌でオナニーする男というのは確実に存在している。そして世間が気持ち悪がっているのは、そういう男たちであるはずだ。
もちろん、そうしたオタク男たちがすぐさま性犯罪に走るというわけではない。そりゃ、少数のオタクは性犯罪に走るだろうが、それがオタク趣味に起因するものなのかどうかが疑問の余地があるところだってのは、さんざん議論されてきたことだから、ここでは置いておく。

しかし、世間がプリキュアの同人誌でオナニーする男達を気味悪がるのは、そりゃ当然のことだろう。
ロリコン趣味を毛嫌いするのも、そりゃしかたのないことだ。
それが法的に規制すべきものであるとは思わないけれど、気味悪いと思うのをやめろとは言えないだろう。
オタクたちが、そうした世間との折り合いをどうやって取るべきなのかっていう問題はたしかにある。

しかし、俺妹で提出される問題は、こうした問題とはなんらつながりがない。
桐乃は女だから。

シチュエーションコメディを作劇するために、桐乃を女で完璧超人にしてしまったことの弊害ってのは、説教シーンでたえがたい矛盾としてあらわになってしまう。

そもそも、オタクが差別されるのは、ただ単にアニメ好き、エロゲ好きっていうことに起因するのではなく、スクールカーストで最下位に位置している連中が、アニメ、エロゲに夢中になっているという、二つの要素が混合されたところからくるものだろう。

そういう意味でも、桐乃の問題というものは、オタクたちの問題とは関係ない。

俺妹が純粋にシチュエーションコメディとして作られていたら、本当に好きな作品になっていただろうなあとつくづく残念だ。
もっとも、ストーリーテリングとして、終盤に盛り上がりがほしいっていう意味で説教シーンをいれているんだろうなってことはわかるんだけどね。



posted by YenGood at 15:32 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月04日

新ポリス・ストーリー シリアスとジャッキーの食いあわせはすこぶる悪い

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評価 ☆☆(五段階)

ジャッキー・チェン主演のアクション映画。
新・ポリスストーリーとはなっているが、ポリスストーリーシリーズとは別物。

最後の字幕でわかったのだけれど、これは実際にあった誘拐事件を題材にしているらしい。

そうなんだとわかってみれば、見ている最中のさまざまな疑問も氷解しようというものだ。

なにせ、この映画はジャッキー・チェンらしさというものが皆無とは言わないまでも、そうとうに薄いのである。

やけに深刻ぶったストーリーテリング。
たとえば、最初のシーンは、ジャッキー演じる警官のカウンセリングから始まる。
なんでも、ある事件のPTSDに悩まされているらしい。
この例でもわかるように、ジャッキーらしいコミカルな演技はまったくない。

腐った世の中で、人間は正義を貫くことができるのかというテーマが全編にわたって展開される(しかし、そのテーマの語り口は薄い)。

しかもボスキャラがただのデブ。
サモ・ハン・キンポーのような動けるデブではなく、アクション俳優としては使えない、ただのデブ。

つまり、この映画はサスペンス要素を重視しているらしい。
だが、そのサスペンス要素が上手く生かされているかというと、それははなはだ疑問。

ストーリーに斬新さがあるわけでもないし、また、実話を基にしているがゆえのリアリティがあるわけでもない。
凡庸としか言いようがない内容だ。

ただ単に、シリアスである、というだけ。

しかも、そのシリアスであるという要素すら、ジャッキーのアクションによって、ないがしろにされている印象がある。

ジャッキーのたとえば、椅子を使ったアクション。
ああいう、さまざまな小道具を使うアクションというのは、どうしてもコミカルになってしまうのであり、そのコミカルであることこそがジャッキーの最大の魅力だ。
しかし、こういうシリアスな映画でそれをやられると、ふざけているのかとしか思えなくなる。

まあ、名作「蛇拳」なんかも、ストーリーはシリアスといえばシリアスなんだけど、そこはやっぱり、蛇拳という中国拳法独特のコミカルさ、また胡散臭さがあって、要素どうしがうまくはまっていた。

つまり、この題材で、ジャッキーが主演というのは、どう考えてもとち狂っているのであり、そもそもの企画に無理がありすぎだろう。
タグ:星2つ
posted by YenGood at 22:49 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月09日

[北の国から]倉本聰の脚本術

今、「北の国から」を最初から見ているところ。
北の国から'87初恋まで見終えた。

作品自体の感想は別に書くとして、こうやって一気に長編シリーズのドラマを見ていると、倉本聰の脚本の癖みたいなものに気づいたので、メモ代わりに書いてみる。

この人の脚本の大きな特徴として、「楽しいことと辛いこと」といった相反するものを一つのシーンに詰め込み、それによって強い印象を与えるってのがある。

たとえば、「87初恋」では、こうしたシーンは二つ出てくる。

一つは五郎の誕生日のシーン。
純、蛍、草太などが五郎の誕生日を祝おうとパーティを開こうとするが、その場で五郎は純と言い合いになり、台なしになる。

ちなみに、誕生日に喧嘩するっていうシーンは、これ以前にも出てきたと記憶してる。

二つめ。
純の初恋の相手、れいちゃん一家はクリスマスの晩に夜逃げする。

こんなふうに、とても楽しいことととても辛いことを同じシーンに詰め込むのは、北の国からに何回も出てくる。

たしかに、楽しいことと辛いことを描くことで感情の落差を描くのは、脚本術としては常套手段といってもいい。

たとえば、戦地に赴く兵士が恋人に愛の告白をすると、その兵士は必ず死ぬことになる、みたいなもんだ。

しかし、倉本聰の場合、それを同時にやってしまう。
これは、意図的にやっているんだかどうだかしらんけれど、もう、ひとつの癖みたいになってるんじゃないかなと。

posted by YenGood at 00:08 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月31日

[映画感想]ウィッカーマン

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1973年公開の映画のリメイク。
主演はニコラス・ケイジ。

アマゾンでの感想を見ると酷評が多いみたいなのだけれど、もともとの映画を知らないせいか、わりかし楽しめた。

独自の文化を持った村人(まあ、村というか島なんだけど)の不気味さってのは、それなりによく描かれてるんじゃないかと思う。

養蜂を、島の『女王』の象徴的表現として用いているところなんて、よく出来ていると思うし。

とはいうものの、文句をつけたいところは確かにあって、たとえば、途中ではさまれる回想シーンの意味。

最後まで見たのだけれど、この回想が何を意味しているんだか、さっぱりわからなかった。
なんとなく表現したいことはわからんでもないような気がするけど、やっぱりわからない。
そういう、靴のうえから足をかくようなもどかしい感じ。

ラストシーンにしても、それほど衝撃のラストってわけではない。
ミストあたりに比べれば。

ってことで、もしもあなたが暇すぎてオナニーを一日二回やってしまうような人だったら、この映画を見ることをお勧めしたい。

うーん、やっぱ、星3つのほうがよかったかな?

タグ:映画 星4つ
posted by YenGood at 10:34 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

[アニメ感想]Angel Beats!第9話

天使と音無がコンビを組みSSS団を成仏させようとすることを決意するという、ストーリー上大きな展開があった9話。

しかし、1話の段階で天使は悪いやつじゃないだろうという声はあがっていたわけであり、9話を費やしてまで、引っ張るようなネタじゃない。

しかし、他のSSS団の連中は成仏を望んでいないわけである。
それなのに、成仏はいいことなんだから成仏させてやろうだなんて、薄ら寒いものを感じる。
それってオウムと何が違うんだろう。
ポアされてよかったねってことか。
怖い。

しかし、脚本の稚拙さが目立つよなあ。

冒頭で、わけのわからない理屈により「天使がもとの天使に戻れる確立は100分の1」といわれていたくせに、音無の回想が済んだら天使は復活。
「壮絶な戦いだったわ」の一言で済ます。
なんだ、この茶番。

それと記憶喪失の件。
音無の記憶喪失には、後半に天使の味方につくことの契機というプロット上の意味しかなかったわけである。
つまり、記憶喪失で右も左もわからないから、ゆりみたいな基地外と行動をともにしてきたが、記憶が戻ったら、やっぱ、あいつら基地外だなと気づいたと。

今まで、ブログやなんかで音無の記憶喪失に謎を見出し考察してきた人たちは、どう思ってるんだろう。

ゆりと日向の子供が音無で、死産しかかっているから、音無の記憶がないんだという説がまことしやかに語られていたけれど、そっちのほうが、ずっと面白いと思うんだが。

あと秀逸だと思ったのが、天使はゆりがレイプされたときに身ごもった子供で、ゆりは腹を石で叩くなどして流産を図るが失敗。

ゆりが天使を嫌うのは、無意識的にそのことを感じているためってのがあった。
これには感心した。

実際のアニメよりも、考察している素人たちのプロットのほうが面白いってのはどういうことだ。

こんな糞みたいな脚本を渡された監督以下、製作者には同情を禁じえないが、まあ、あと少しなんでがんばれ。
目覚めない悪夢はないのだから。
といっても、もう製作は終わってるんだろうけどさ。
タグ:星二つ
posted by YenGood at 21:29 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[映画感想]ドラゴンボール EVOLUTION

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評価 ☆☆☆(五段階)

ドラゴンボール実写化という、観る前から、失敗するのが見え見えな作品。

そもそも、漫画と(実写)映画では必要とされるリアリティの基準がぜんぜん違う。
漫画だから許されることを、そのまま映画にしてしまうと、噴飯モノの出来になることは誰でも予想できることだ。

漫画のなかでも、リアリティのなさ、つまりは荒唐無稽度が飛びぬけて高いドラゴンボールを映画にするだなんて、プロデューサーは何を考えて企画したのだろうか。

どうせクズなんだろうから、クズっぷりを楽しもうと視聴を開始したところ、

「あれ?意外といいんじゃね」

と思った。
もっとも、そう思ったのは開始から5分までのことだったけれど。

漫画のリアリティをどう映画的に落とし込むかという部分では、努力の後が見られなくもない。

たとえば、その最たるものが悟空のキャラづけ。
原作とは違って、孫悟空は高校でいじめられているという設定になっている。
ここらへんは、製作者側の苦心が見えなくもない。

が、それ以前に、プロットやシーンの演出が稚拙すぎる。

たとえば、冒頭で孫悟空とじいさんが組み手をしているシーンがあるのだけれど、そこで悟空は「気が上手く使えない」という。

ところが、そのすぐ後で、好きな女の子(チチ)の気を引くために、気を使ってロッカーを開けてしまう。

なぜ、気が使えるようになったかという説明は一切なし。

これは映画としてのリアリティがないというだけでなく、ドラゴンボール的なリアリティとしてもダメダメだ。
弱者が強くなっていく過程こそが、ドラゴンボールの面白さだろうに。

それから、細かい部分なんだけど、この映画のなかでいちばん笑えたところ(もちろん失笑という意味で)。

じいさんを殺された悟空とブルマが出会い、仲間になる。
これから冒険を始めるんだという重要なシーン。

ブルマはカプセルを取り出し、地面に投げるとそれがガチャガチャと変形して、バイクに変形。
ここのCGはかっこいい。

ブルマと悟空はバイクに乗り込み、颯爽とバイクが走り出す。
そこをロングショットで写している。

ところが、このバイク、めっちゃ遅いんだ。

法廷速度を律儀に守って運転してる原チャリみたいな、のろのろ感で草原を走ってる。

これから、冒険が始まるんだっていうわくわく感がぜんぜんない。

まあ、この映画がダメなのはわかりきったことではあるけれど、憎めないところがあるのは、自分が映画監督だとして、ドラゴンボールの映画化の話が持ち込まれたらと仮定してみたら、途方にくれるだろうということがわかるからだ。

そうした惻隠の情から、星三つにしてみた。
戦闘シーンなんかは、結構いいしね。


タグ:星3つ 映画
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2010年05月09日

[アニメ感想]Angel Beats!第6話 あまりに酷すぎて逆におもしろい

評価     ☆(五段階)

ここ数話は、部分的に「あれ?面白いんじゃね?」という箇所があり、序盤の壊滅状態から、徐々に持ち直しているかに見えたAngel Beats!だけど、6話にして、また壊滅状態に。
ここまで、ストーリーが行き当たりばったりで、やすっぽいと、逆に面白く感じてくるものなのだな、そういえば噴飯ものという言葉があるけれど、あれって笑ってるんだもんな。
などと思った。


Aパートは天使と音無のからみ。
ここは、可もなく不可もなくといったところだろうか。
天使はかわいいな。
この糞アニメにおける一服の清涼剤であることにまちがいはない。
とりあえず、天使といちゃついていたら、新しく生徒会長になった直井に地下の独房に入れられた。

さて、見ている誰もが飯を噴出したと思われる、Bパート。

音無と天使が独房にいる隙に、直井がSSS団をつぶしにかかっていた。
あわれSSS団の面々は、直井に殺戮されまくり。

ちょっとした創意工夫により、独房を抜け出した音無の瞳には、仲間たちの死屍が累々とつらなっていた。

なにやら、大変な悲劇が起こっているかのように描写してるし、そう思わせたいのだろうけど、どうせすぐに生き返るんだろうが、こいつら。
テンパっている音無が滑稽でしかない。

しかし、もっと滑稽なのは直井だ。
突如、俺は神だと語りだしたかと思うと、『催眠術』でゆりを成仏させにかかった。

・・・・あのさ。
催眠術って、すごく安っぽいわ。しかも、こいつが催眠術を使えるという伏線なんて何もなかったじゃねえか。

そのうえ、直井が使った催眠術は、ギアスとでもいうべき、人知を超えたもの。
なんなんだろうな。
ここ、それなりのクライマックスなのだろうから、もう少し頭使おうぜ。

シャーリーレベルで、あっさりギアスにかかったゆりを救うべく、音無が直井にタックル。
そして、「お前の人生だって本物だったはずだろおおおおお!!!」とか、名言らしき言葉を吐く。
ひねくれてしまった直井を立ち直らせようとしている。つまりは、人と人の心が通じ合う感動的なシーンとして描いている。
らしいのだけれど、これ、成仏させにかかってるよね。

ここで音無が直井のことを思いやっているのか、それとも成仏しろや、この野郎と腹黒く考えているのか、さっぱりわからない。
たぶん、前者なのだろうけど、音無は直井になぜこんなにも感情移入してるんだ?
仲間を殺してたんだぞ、こいつ。

Angel Beats!には、いくつもの病理が見られるんだけど、そのうちの一つ。
キャラの行動や心情が支離滅裂。
が今回も出てしまったなという印象。

タックルされただけで、ぺらぺらと自分の人生を語りだす直井。
今まで、敵として銃弾を浴びせていた天使に頼るゆり。
敵になぜか感情移入してしまう音無。

もうさ、普通の人間はこんなふうに感情が動くわけねぇよって話のオンパレード。


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2010年05月01日

[アニメ感想]Angel Beats!第5話

評価 ☆☆(五段階評価)

このアニメに関しては、できるかぎり、毎週、感想を書いてみることにした。

それは、このアニメが明らかな失敗作であるからだ。
予算がなかったから作画崩壊したなどの、凡百の失敗作ではなく、あくまで個別的な、とても特徴的な、そういう後世に残すべき、ケーススタディとして、記述しておくことに、なんらかの意義を感じたからである。

もっとも、このアニメを見ていくうちに、だんだんと楽しくなってきたことは否めない。

クズをクズであると指摘すること、つまり、事実を指摘することによる快楽。
たしかに、それはあるけれど、正直に言って、だんだんとこのアニメは面白くなっているんじゃないかという、ちょっと自分でも認めたくないような感覚もたしかにあるのだ。

ひょっとしたら、このアニメが終わるころには、大絶賛していたりすることになるのかもしれない。
それはない。
とは思うけれど、ないともいいきれない。

とりあえず、僕は正直に感想を書くことにしよう。
つまらなければ、つまらないといい、
面白ければ、面白いという。

単純なことだけれど、なかなか、それはできることではない。


さて、第五話。

Aパートでは、天使のテストを策略により、赤点にするというミッション(笑)をSSS団が行う。

簡単に言えば、ギャグパートである。

正直に言って、ここは面白かった。
つまり、笑えた。

このアニメ。ギャグがだだすべりなところが見ていて、辛いというか、こんなギャグで笑いが取れると思ってるのか麻枝は、というある種の哀愁すら感じさせるところがあったのだけれど、今回に関しては、なかなかよかったんじゃないかと思う。

着やせするタイプってのは、くすりときたし。

ただ、このAパートもただのギャグに終わらないところがこのアニメの怖いところだ。

ヒロインであるゆりっぺが狂人にしか見えない。

今まで、自分たちとは隔絶した存在として扱われてきた天使が、『実は自分たちと同じく普通の人間なんじゃないか』という予感とともに、この嫌がらせは行われる。
主人公の音無は、普通に天使と会話をしている。
それなのに、天使の答案をすり替え、赤点にするのだ。

いじめにしか見えねぇよ、これ。

あのさ、根本的なことだけれど、このSSS団って、見ていて、本当に馬鹿としか思えないのね。

根拠薄弱なゆりっぺの言葉を妄信しているところとか。
しかも、ゆりっぺに毎回のように殺されるっていうのに、カリスマとして扱っているところとか。
とても、まともな知性を持っているようにはとても思えない。

このゆりっぺの元ネタであるハルヒ。

たしかに、このキャラもクレイジーだ。
いかれてる。
もっとも、平気で部下を殺すゆりっぺに比べれば、ハルヒなんてあくまで常識の範囲内で理解できるキャラだとは思うけれど。

だけど、ゆりっぺに比べれば、はるかに常識人のハルヒに対してSOS団の連中は妄信しているわけじゃない。
ここがポイント。

それぞれのSOS団のキャラは、それぞれの思惑を抱きながらハルヒに忠誠を誓っているという振りをしている。
ここは、谷川流の、ドライな感性が現れていて、とても好きなところなんだけど、こういう、まともな感性がAngel Beats!にはない。

まともな人間だったら、こんな行動はしないだろっていうシーンが次々に出てくる。
ついていけない。

もっとも、この不自然さも、おそらくは、後半の伏線回収で明らかにされるのだとは思う。
というか、もしも、その伏線回収があったとしても、このアニメの破綻っぷりはどうやっても回収できないように思えるんだけど。

あとさ、前にも書いたかもしれないけれど、本当にリアリティのレベルがめちゃくちゃだよ、これ。

天使に対して、平気で銃をぶっぱなしていたっていうのに、天使が麻婆豆腐を孤独に食べているシーンを思い描いて、天使にシンパシーを感じるとかさ。

その前に、殺そうとしていてことを反省しろよ。

たぶん、主人公が天使側につくっていう、ストーリー展開なのだけど、稚拙すぎるんだ、その流れに持っていくのが。

このアニメの唯一の美点は、天使がかわいいってこと。
そして、いじめの加害者の視点から物語を描いてみせたってところ。

もっとも、いじめっこの側に、いじめだという意識があるのかどうかが定かじゃないんだけど。
posted by YenGood at 03:36 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月26日

[アニメ感想]Angel Beats!が糞アニメである3つの理由

B003FZ0M0KAngel Beats! 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]
アニプレックス 2010-06-23

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評価 ☆(五段階)

AIR、CLANNADのライターとして知られる麻枝准氏が全話脚本を手がけたことで話題となったAngel Beats!が4話まで放映された。

このアニメ、必見だと思う。
なにしろ、ろくでもないのである。

とても制作費をかけたアニメであると思われるのに、このぐだぐだっぷりはなんなのだろう。

ということで、以下、そのダメな理由を書いてみようかと思う。


1 登場人物の死生観がめちゃくちゃ

死んだ後の世界が舞台になっていて、登場人物たちはたとえ死んでも少し時間がたつと生き返るということになっている。
そういうわけで、仲間といえどもバンバン殺しまくっていて、そのさまがギャグとして扱われている。

さて疑問。
死んだら生き返るからといって、人はむやみに人を殺したりするものだろうか?
死んだときには、気が狂いそうなほど痛いらしいのだが。

たとえば、現実世界で人を殴ったとしても死ぬわけじゃないし、傷だってすぐにいえる。だからといって、普通の人間は人を殴るという行動をしたりはしない。

もっとも、これはフィクションの世界なのだから、フィクションなりのリアリティというものがあってもいい。
たとえば、撲殺天使ドクロちゃんのなかでは、毎回主人公が殺されていて、それがギャグとして成り立っているように。

しかし、ドクロちゃんはクレイジーな性格の持ち主として描かれていた。
このアニメのヒロインであるゆりっぺも多少エキセントリックな性格の持ち主であるようだ。

が、それと同時にゆりっぺはまともな感受性を持った、普通の女の子でもあるらしい。

そして、この二つの要素が激しい違和感を引き起こしている。

それが、あらわになったのが第二話。

Aパートでは、仲間をギャグ感覚で殺しているゆりっぺは、Bパートに入ると急に生前の陰惨な過去について語りだす。
なんでも、強盗に無惨に兄弟を殺されたのだという。

ぽかーんとなった。

なぜ、そんな経験をした人間が、いくら生き返るからといって、簡単に仲間を殺せるのだろう?わけがわからない。

ちなみに、仲間をぽんぽん殺すこのゆりっぺは、主人公に言わせると「立派なリーダー」らしい。
どこが?

2 主人公が空気

主人公の音無は記憶をなくしている。
だからというわけでもないだろうが、まったく個性がない。
仲間が言うことを鵜呑みにして、一話目で生徒会長の女の子に銃弾をぶちこんでいた。
この生徒会長は「こっちから攻撃しなければ、自分から攻撃してくることはない」そうである。

つまり、防戦しかしないというのに、それ以降も生徒会長に平気で銃弾を浴びせ続けている。

個性がないというよりも、それ以前に、そもそも自分で思考することができないのではないかと思わざるをえない。


3 キャラが多すぎて、誰が誰だかわからない

三話では、バンドのボーカルをやっていた岩沢さんという女の子が成仏し、消えてしまう。
そもそも、この世界でロックバンドが必要とされる意味がいまだにわからないのだけれど、それはさておき、ここは感動するところらしい。

Aパートで岩沢さんが生前の不幸話を唐突に話し始めるのだけれど、この時点で岩沢さんが何者なのか、見てるこっちにはほとんどわかっていない。
バンドでボーカルをやっているということを知っているだけだ。

どんなキャラなのかも、よくわかっていないってのに、いきなり不幸話をされても困る。

また、この岩沢さんが成仏し、消え去ったあとも、仲間たちは特に悲しむ様子もなかった。
岩沢さんの大ファンだというピンク髪の少女にいたっては、悲しむどころか、岩沢さんの後釜をねらって、バンドのボーカルに立候補してはしゃいでいたくらいだ。
ひょっとして、仲間たちも岩沢さんがどんな人間なのか、わかっていなかったのだろうか?



ということで、このアニメが糞である3つの理由をあげてみた。
もっと理由をあげろといわれれば、1ダースほど、これに追加できるのだけれど、自重しておく。

本当にダメダメなアニメなのだけれど、ここまでダメダメだと、逆に興味がわいてきた。
たぶん、最後まで視聴を継続するだろう。










posted by YenGood at 17:19 | Comment(2) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[アニメ感想]サマーウォーズ

B0030680TYサマーウォーズ [DVD]
バップ 2010-03-03

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評価 ☆☆☆☆(五段階)


サマーウォーズを見た。
実はこのアニメに対してはちょっと臆するものがあった。
見たいなとは思っていたんだけど、あまり見たくないという気分も同時に並列していた。

というのも、公開当時、他のブログなどで感想を見るうちに、この映画にはがっかりさせられるんじゃないかという思いがむくむくとわきあがってきたからだ。
なにしろ、細田守といえば、今の日本のアニメ業界のうちでおそらく、もっとも才能のある演出家である。
そういう人に対して失望したくなかったというのが正直なところ。

んで、今回、見てみてどうだったかってことだけど、いやー面白かったですよ。
うん。
土台のしっかりしたエンターテイメント作品にしあがってた。
満足。

ただ、「惜しいな」と思わせる作品だったのも事実で、たとえばヒロインだ。
篠原夏希というヒロインがでてくるんだけど、この女の子がどうにもかわいくないのである。

時かけと同じく、芸能人を声優に起用していて、声質も不思議とよく似ている。
低めの声質で、アイドル声優のそれとはあきらかに異質。

時かけの真琴に対しても「声優が下手すぎ」という声はあがっていたのだけど、僕は許容範囲だった。
いや、積極的にいいなとすら思ってた。
真琴というキャラクターの、お転婆でリアルな感じというのがよく表現されているんじゃないかと思ったのだ。

ところが、この篠原夏希の声の桜庭ななみに対しては、はっきりとキャラに声があってないという感想をもった。
というのも、このヒロインは高嶺の花的なキャラクターであって、もう少し、お嬢さま然とした声のほうがいいんじゃないか。

ヒロインの声はここらへんにして、このヒロインをうまく魅力的に見せることはできたはずだと思うんだなあ。

たとえば、主人公を曾祖母に自分のフィアンセ(←嘘)だと紹介するところ。
ここはなりすましギャグのところなんだから、自分から腕を組むとかキスするとか、そういうタイプの演出を使ってもよかったんじゃないかと思う。

ヒロインに惚れているということが、主人公の行動の動機を担保しているわけで、ヒロインがもう少しでもいいから魅力的だったなら、この映画はもっともっといいものになっていただろうに。

ここらへんは脚本の奥寺佐渡子が女性だからっていう理由もあるのかも。
男目線からのかわいい女の子が描けないっていうことなのかもしれない。



posted by YenGood at 09:06 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

[ゲーム感想]シヴィライゼーション4 面白すぎて困る

B001TK2ZJY[価格改定版]シヴィライゼーション4 【完全日本語版】デラックスパック
サイバーフロント 2009-03-27

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評価 ☆☆☆☆☆(五段階評価)

ターン制の戦略ゲーム。
ギリシャ、ローマ、中国、日本など、実在した文明を率いて、世界の覇者を目指す。

このゲーム、一言で言えば、おもしろすぎ。
おもしろさで頭が沸騰して、もう他のことが手につかなくなる。

このゲームを買ってから一ヶ月。
オナニーを覚えた猿みたいに、時間があれば、このゲームをしてた。

それくらい中毒性がある。

あえて欠点をいえば、あまり侵略することに意味が見出せないところかな。
都市を維持するにも金がかかるし、また侵略した都市は使い物にならないことが多い。
もっと、侵略重視のゲームバランスにしたほうが、楽しかったと思う。

しかし、コーエーあたりもこういうゲームを作ればいいのに。
しないのか、それともできないのか。ま、それは知らんけども。
posted by YenGood at 19:51 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[書評]創価学会

410610072X創価学会 (新潮新書)
新潮社 2004-06

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評価 ☆☆☆(五段階評価)

創立者の牧口常三郎から、現在に至るまでの創価学会の歩みを追った本。

誰もが知っている巨大宗教団体ながらも、知らないことが多く参考になった。

創価学会の発展した最も大きな理由を、著者は戦後の高度成長時代にあると指摘している。
農村から、都市部へ流入してきた労働者階級の「もっと豊かになりたい」という欲望に応えたのが、現世利益をうたっていた創価学会だったというのである。

つまり、創価学会の信者というものは、共産党支持者と『客層』がかぶっていたということだ。
そして、この信者獲得に勝利したのが創価学会であることは誰の目にもあきらかだろう。

最初に書いたように、私には知らないことが多かったので、とても面白かったのだけれど、宗教に詳しい人などには、今さら感があるかもしれない。

また、創価学会を否定するのでも肯定するのでもなく、客観的に論じたいという著者の姿勢があるので、なにがしかの攻撃材料を探している人にはつまらないと思う。



タグ:星3つ
posted by YenGood at 14:14 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

[映画感想]バタフライ・エフェクト

B000AM6R00バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション [DVD]
エリック・ブレス
ジェネオン エンタテインメント 2005-10-21

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評価 ☆☆☆☆(五段階評価)


2004年のアメリカ映画。
時をさかのぼれる能力があることに気づいた青年、エヴァンは自分のせいで不幸に陥った幼馴染の女の子、ケイリーを救うために、何度も人生をやり直す。

アニメ版「時をかける少女」みたいなプロットなのだけれど、時かけのほうは2006年公開なので、この映画が元ネタになった可能性高し。

時かけが、あくまでさわやかな青春映画としてウェルメイドな出来だったのに対して、これはちとどぎつい。
主人公が不具者になっていたり、幼馴染の女の子が売春婦になっていたりと、ろくでもない人生の数々。

もっとも、ここらへんは好みの差でもあり、人生のやり直しのきかなさというものを表現するには、このくらいどぎついほうがいい、という意見もあるかもしれない。

日記を見ることで、過去に帰ることができるというのは、ちょっとリアリティがないような(リアリティといってもあくまで映画的な)気もしたけれど、プロットのアイデアはたしかにすばらしいものだと思った。

エンタメとしての出来なら、アニメ時かけのほうが上だとは思うけれど、ここらへんは後発なりの利点ってものかな。









タグ:星4つ
posted by YenGood at 20:32 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月11日

「執拗な繰り返しが生む必然性」感想:東野圭吾「手紙」


手紙 (文春文庫)

手紙 (文春文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2006/10
  • メディア: 文庫




弟を大学に進学させたいがために、強盗殺人を犯した兄。刑務所に服役している兄からは一ヶ月に一回、手紙が届く・・・・。

この小説の中では、肉親に犯罪者を持つ主人公が社会から拒絶されていく様子が何度も何度も、繰り返されている。
それは、ちょっとしつこくすらあるけれども、ストーリーの必然性を担保するためにはどうしても必要な営為なのだ。

主人公は決して、品行方正な行動をとるわけじゃない。いや、むしろ、人を不快にさせるような行動を多くしている。

おそらく、この小説のプロットだけを読めば、たぶん、大方の人たちは主人公に反感を抱くだろうと思う。それは、われわれが新聞記事で殺人事件を読むとき、ある程度の距離をとっていることと似ている。

しかし、この小説を読んだとき、主人公の一種、卑劣とも思えるような行動の数々が、すんなり腑におちる感覚がある。
それは、しつこいほど社会から拒絶されてきた主人公の心理の傾きがわれわれ「普通の人間」にも納得いくだけの動機を指し示しているからだ。

「小説を読めばいろんな人間の心理を理解できるようになるから人生を豊かにする」みたいな一般論がある。僕は決して、その見解に与するっものじゃないけれど、たしかに、この小説は、そうした見解を負強するだけの力はある。たしかに、こういう状況におかれたら、自分だってこういう行動をとるだろうなってのが納得できたってことだ。

つーかさ、ラストシーンで泣いたわ。





posted by YenGood at 19:35 | Comment(0) | 感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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